愛は永遠の生命への備え

 

「エロヒムよ、ありがとうございます!」と言うのに早すぎることは決してありません。皆さんと一緒にいられて、私はとても、とても、幸せです。毎朝、まだ地球にいて、皆さんと共にいられることを幸せに感じています。日曜日はなおさらです。私が皆さんと一緒にいられる最後の日曜日は、いつなのでしょうか? それはとても興味深い問いです。

最近、私はラエリアンの皆さんからたくさんのメッセージを受け取りました。そして、ラエリアンの皆さんが、私が地球にいることの意味をますます意識するようになっているのを見て、とても幸せです。なぜなら、それは特別なことだからです。多くの仏教徒が集会を開いていますが、最初のブッダはもう地球にはいません。多くのキリスト教徒が集会を開いていますが、イエスはもう地球にはいません。多くのユダヤ人が集会を開いていますが、モーセはもう地球にはいません。では、自分たちの預言者が地球にいる唯一の人々は誰でしょうか? ラエリアンです! それを感じてください。分かりません……もしかすると来週の日曜日かもしれませんし、来月かもしれませんし、来年かもしれません。分かりませんが、皆さんがこの部屋にいて、私はそこにいない日が来るでしょう。その時は近づいています! でもそれは、詩人が言うように、「私が生まれたその瞬間からずっと迫り続けてきたもの」なのです。

もし私たちが生まれたときから意識的、あるいは超意識的であったなら、人生が始まったその瞬間から、死へと近づいていることを感じるでしょう。それはまったく悲しいことではありません。美しいことです。皆さんは75年や80年にわたって生きます。地球上での70年、80年とは何でしょうか? 何のためにあるのでしょうか? 永遠に備えるためです。

誕生は、永遠への準備の始まりにすぎません。多くの場合、人は自分自身に問いかけます……「なぜ私は生きているのだろう?」と。誰もが考えるのです。「これは何のためなのだろう? 何の意味があるのだろう? 人生の目的とは何なのだろう? 私は毎日働いて、お金を稼ぎ、いつか引退する。それは何のためなのだろう?」 そして、その最後には死が訪れます。それはあなたの人生において最も美しい日です。

死こそが、あなたの人生で最も美しい日でなければなりません。超意識を使わない人々は、自分がなぜ生き、そして、なぜ死ぬのかを知らないため、人生を地獄のように生きています。なぜ地球上で70年、80年を無駄にするのかと……。そして年を重ねるにつれて、死ぬことをますます恐れるようになります。人間にとって最大の恐怖は、死への恐怖です。しかし、エロヒムが私たちに教えて下さっているように、超意識を使えば、ますます近づいてくる自分の死ぬ日を、人生で最も美しい日として迎えることができます! これ以上に美しい日を想像できますか? エロヒムのもとへ行く日ですよ!

永遠の生命を迎える日なのです! それが怖いですか? 本当に? いいえ、あなたはそれを歓迎するはずです! なぜなら、ある素晴らしい精神的な人物が書いたように、「死を恐れてはいけない!」からです。

あなたとは何でしょうか? あなたは、海から蒸発していく水滴のようなものです。死を迎えると、再び海へと戻っていくことになります。恐れる理由などありません。たとえエロヒムと共に永遠の生命を生きるに値しなかったとしても、イエスが言ったように、「塵は塵に」なのです。大地から生まれ、再び大地へ……。海から生まれ、再び海へ……。私たちは、エロヒムによって意識を与えられた、地球のごくわずかな一部です。そして彼らは、毎日あなたを見守って下さっています。人生の一日一日において、それを感じなければなりません。

地球上の人生とは何でしょうか? それは「永遠の生命のための準備の場」のようなものです。

年を重ねれば重ねるほど、空を見上げて「私はそちらへ向かっています!」と言いながら、よりいっそう祝うべきなのです。悲しむことなどあり得ません。15歳でも、30歳でも、50歳でも、若いうちから「私はそちらへ向かっています!」と始めるべきです。人生の日々の生活の中で準備を整えていれば、やがてその時は訪れます。どこでそうなるのかは分かりません。美しいイメージとしては、自分のベッドの中かもしれません。墜落する飛行機の中かもしれません。津波に覆われた浜辺かもしれません。どのように起こるかは重要ではありません。大切なのは、準備ができていること、そしてそれを祝うことです。もちろん、「生」を祝うことも大切ですが、「死」を祝うことはさらに大切です。その日はやって来ます! 誰も疑っていないことを願いますが……それは避けられないことです。それなのに、人々は避けられないものを恐れてしまうのです。

もし恐れることで、これから起こることを避けられるのなら、恐れることにも意味があるでしょう。しかし、そうではありません。誰もがいつかは死にます。だからこそ、準備をしておくのです。 どうやってでしょう? 人生を楽しむことによってです。ある人たちは、「死後に人生はあるのか?」と問いかけます。これはとても流行している質問、とても今風の質問です。「死後に人生はあるのか?」……これほど愚かな質問はありません! 私なら、「死ぬ前に人生はあるのか?」と問いかけます。皆さんは存在していますか?(Are you?) 人生を生きていますか? それこそが、あなたにできることです。存在することができ、感じることができるのです。

死とは何でしょうか? 感じなくなるということです。 楽しみましょう! いつか、もう感じることができなくなります。毎日、日の出を迎えるたび……私が言ったように、「息を吸い、息を吐く」のです。私たちは最初の呼吸とともに生まれます。生まれたとき、息を吸わなければ、医師がお尻を叩いて呼吸をさせます。そして死ぬときには、最後の息をします。その間にある一瞬一瞬を楽しんだほうがいいのです。その一つひとつを楽しんでください! 皆さんは存在していますか?(Are you?) ……(I am.)これは美しい言葉です。なぜなら、それは「息を吸う」ことだからです。息を吸わなければ、「われ在り(I am.)」と言うことはできません。 皆さんは存在していますか?(Are you?) ……(I am.)これが人生です。そしていつか、ある朝、もうそう言えなくなる日が訪れます。その日は近づいています! もしかすると、この話が終わる頃かもしれません。あるいは、この1分が終わる頃かもしれません。自分がどれほど幸運なのかを感じてください。そうです、息を吸い、息を吐ける私たちは、なんと幸運なのでしょう。

ですから、死を恐れないでください。それどころか、死を待ち望み、贈り物のように死を歓迎してください。なぜなら、人生を通してあらゆる場所に愛を広げてきたなら、死は終わりではなく、始まりとなるからです。永遠の生命の始まりです。不死の惑星のことを少し想像してみてください……。そこに住んでいる誰もが死を恐れていましたが、彼らはエロヒムの惑星で共に生を受け、「わあ! 私は死ななかったんだ」と言っています……。死ななかったのなら、人生を全うしたことにもなりません! ですから、あなたが受けるに値する永遠の生命は、誕生日ケーキのようなものなのです。私たちは誕生日を祝いますが、死をも祝うべきです。「死亡日、おめでとう! 死亡日、おめでとう!」(Happy death day to you!)それがラエリアンであるということです。私たちは、死を恐れない唯一の人々なのです。

ご存じのように、神を信じている人たちは皆、「神様、どうか私の命をお救いください!」と祈りながら恐れています。それに対して、ラエリアンたちはこう言います……「エロヒムよ、死というご褒美を私たちに与えてくださって、ありがとうございます!」 あなたは、自分が今生きているこの美しい人生に値するでしょうか? それは自らに問いかけるべきことですが、本当に問うべきなのは、「自分は、やがて訪れる美しい死にふさわしい存在だろうか?」です。なぜなら、それは「門」だからです。無限へと通じる「門」です。そして、その時は近づいています。「チクタク、チクタク、チクタク……」(時は過ぎていきます)一つひとつの「チク」と、一つひとつの「タク」を楽しんでください。なぜなら、いつかそれが最後になるからです。それなら、楽しんだほうが良いのです。

愛してください! 愛は永遠の生命への準備です。愛は永遠の生命へ至る唯一の道です。まずは自分自身を愛することです。あなたは自分自身を愛していますか? 本当の意味でです。人生で最初に愛した女性、あるいは最初に愛した男性、最初の恋人を愛するように……その最初の恋人とは、あなた自身です! 自分を愛することは、誰かほかの人を愛することとは違う、などと思わないでください。同じような官能性をもって、自分自身を愛さなければなりません。その証拠に、あなたは毎日自慰をすることができます。それは、自分自身と愛し合うことなのです。そうして初めて、他人を愛することができるようになります。自分を愛してもいないのに、どうして他人を愛しているふりができるでしょう? 「私は自分のことは好きではないけれど、あなたを愛しています」……こんなのはまったく馬鹿げています! 「私は自分自身を愛しています。だからこそ、あなたを愛することができるのです」 愛とは、たくさんの水が入った花瓶のようなものです。まず、自分への愛でいっぱいになっていなければなりません。そしてその後、その水が他の人たちへと流れていくのです。どうすれば自分自身を愛することができるのでしょうか? 存在することによってです! あなたは存在していますか?(Are you?) ……[存在しています。(I am.)]私は存在しています。自分自身を両腕で抱きしめ、自分の命を感じることができます。忘れないでください。「チクタク、チクタク……」 一秒一秒を楽しみ、そして自分から溢れた愛を他の人たちに贈ってください。

愛してください! 愛がなければ、人生はつまらないものとなり、退屈になります。毎朝目を覚まし、仕事に行き、何の意味もないお金を受け取って、そのお金を銀行口座に入れます。しかし、死ぬときには、それを持っていくことなどできません。では、何の意味があるというのでしょう? しかし愛に関して言えば、よく目を向けると、皆さんは愛の億万長者です。億万長者なのです! 人々は、大きな家や大きな車、シャネル、高価な服を羨望の眼差しで見る習慣がありますが、そんなものは塵にすぎません。しかし、愛となれば話は別です。もし人々がラエリアンの皆さんが持っている愛の量を見ることができたなら、皆さんを羨ましそうに見つめることでしょう。皆さんは外に目を向け、「わあ、なんて美しいフェラーリなんだ!」「なんて美しいシャネルのドレスなんだ!」と言います。しかし、そうしたものを持っている人たちが、皆さんの「愛」という資産を見ることができたなら、彼らのほうが皆さんを羨むことでしょう。ご存じのように、人々は目に映るものを必要とします。自分の服に「Chanel」と書かれているのを見せたがるのです。分かりますよね? あるいは「Louis Vuitton」です。そんなものは何でもありません。女の子たちは「LV」と書かれたバッグを持ち、それをとても誇らしげにしています。あるいは「Rolex」です。映画の『Mr. Bean』のようにです。そんなものは何でもありません! しかし、皆さんには象徴的な富、すなわち真の富である「愛」があります。Louis Vuittonでも、Chanelでもありません。(無限のシンボルを指し示しながら)これが皆さんの象徴です。誇りを持って身につけてください。 それは何でしょうか? 愛です!

私は、愛の億万長者である皆さんとここにいられて、とても幸せです。「お金」は、他の人に分け与えれば与えるほど、あなたは貧しくなります。しかし「愛」は、与えれば与えるほど、あなたは豊かになります。自分の資産を増やしたいですか? ならば、愛を贈ってください! どうやって? 自分自身として存在し、そして他の人たちがもっと「存在(be)」できるようにするのです。皆さんが私を愛してくれていることは分かっています。なぜでしょうか? それは、皆さんが私の目を見つめ、私のそばに近づくと、あなたは自分がさらに「存在している」と感じているからです。それこそが、もう50年以上にわたる私の人生の目標……人々にもっと「ありのままの自分」でいるよう促すこと……です。あなたでいてください! 偽の預言者たちは、あなたを別の誰かにしようとします。本物の預言者は、あなたがもっとあなた自身になることを望みます。Are you?……[I am.]

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ラエル氏が1973年にUFOと遭遇した際、私たちに伝えるようにと彼らが託したメッセージがここに!

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