科学は愛であり、愛は科学です

愛というテーマは、三つの根本的な問いに行きつきます。皆さんもご存知のように、三つの問いとは……「私はどこにいるのか?」、「私はなぜここにいるのか?」、「私は誰と共にいるのか?」……です。今朝、あなたはなぜここにいるのでしょう? あなたは海岸にいてもよかったし、テレビの前にいてもよかったし、山登りに出かけていてもよかったのです。しかし、あなたはこの部屋にいることを選びました。なぜここに来たのでしょう?

愛です!それは愛です!

今、ここにいるというだけではありません。カナダという、はるか遠く、非常に遠い場所から、ここ沖縄に来ているのです。少し前までは、ここまで船で来るのに2か月近くかかっていたでしょう。しかし、ダニエルはここにいます。彼はほかの場所で、さまざまなことができたはずです。なぜ、ここにいるのでしょうか? 愛です! この美しく若い中国人女性も、本来なら中国にいるはずです。しかし、そうではありません。(私は沖縄を選びました)なぜでしょうか? 愛です!

この部屋にいる誰もがそれを感じています。あなたが朝起きて、「今日ここに行こう」と思ったその理由は何でしょう? 愛です!エロヒムへの愛です。エロヒムよ、私はあなた方を愛しています、ということです。

「エロヒムよ、愛しています!」と言ったダニエルは素晴らしいです。

あなたは人生の中で何度「愛している」と言ったことがあるでしょうか? おそらくガールフレンドやボーイフレンドには何度も言ったことがあるでしょう。たくさん言いましたか?覚えてますか? 一番強く記憶に残っている瞬間は、おそらく初めて「愛している」という言葉を口にした時だったかもしれません。恥ずかしさや怖れがありながらも、ついに「愛している」と誰かに伝えた、その瞬間を覚えていますか? その時の状況や瞬間を覚えていますか?

では、あなたはエロヒムに対して同じように「愛しています」と言えるでしょうか? あなたはエロヒムを恋人のように愛することができるでしょうか? 人間に向けて言う「愛している」と、エロヒムに向けて言う「愛している」は違うはずです。それは、よくあるような、「セックスしたい」「あなたの体が好きだ」「あなたのお尻が好きだ」という種類の「愛している」ではありません。当時のものは、こんな感じの「愛してる」だったでしょう。同じように「愛しています」とエロヒムに言うことができるでしょうか? あなたの言う「愛しています」はどのような質のものでしょう? あなたは、この言葉、この意味、この「あなたを愛しています」という言葉の深い意味を考え直さないといけません。エロヒムは恋人以上の存在であり、私たちが生きている理由そのものなのです。

あなたと同じようにこの場にいる他の人たちの愛を感じてください。エロヒムに対してだけではなく、あなたの体のすべての細胞、足の指先、そして体内に存在する小さな文明たちも含めた、すべての生きている存在に対してもです。エロヒムを愛するということは、無限を愛するということです。シンボルの前で瞑想するとき、そのシンボルを見つめながら「愛しています」と伝えましょう。シンボルに向かって「愛しています」と言うとき、あなたは誰を愛しているのでしょうか?あなた自身です!なぜなら、あなたは無限だからです。

エロヒムが与えて下さった最も美しい贈り物は、「無限のシンボル」です。なぜなら、それは彼らであり、私たちであり、宇宙、つまりは、太陽系や自分の手の中にいる人々、そして銀河や星々など、私たちが想像できる範囲の無限の一部から、まさに無限の宇宙にいたるものを表しているからです。今この宇宙には、どれほど多くの文明が生命を共に祝福しているのでしょう? 私たちは孤独ではありません! どれほど多くのエロヒムが存在しているのでしょう? どれほどの人々が自らの創造者たちを祝福しているのでしょう? 私たちはもはや砂粒ではなく、生きる存在になっているという事実を祝いましょう。

あなたが一握りの砂を手にする時、その中には「エロヒムたち(Elohims)」がいます。複数形の「s」を付けなくても良いのですが、意識を持つ存在(conscious beings)や意識を持たない存在(unconscious beings)と同様に、私はあえて「s」を付けます。あなたの手の中には、たくさんの科学者や、たくさんのモーツァルトも存在しています。なぜなら、芸術と科学は同じものだからです。芸術は科学であり、科学は芸術です。

この場には、量子物理学の分野で研究を行っている素晴らしい科学者もいます。私のFacebookページでは、彼女が2人のアメリカ人研究者と一緒に制作した動画を見ることができ、その中で彼女は、自身の研究について語っています。実に興味深い内容ですので、皆さんにもぜひ見ていただきたいと思います。彼女が美しいからというだけでなく、彼女の説明していることは、その容姿以上に印象的だからです。

彼女は、光を研究することによって、無限小の世界を探究しています。もちろん、絶対的な無限ではありませんが、そこへ向かう最初の段階、つまり、私たちがまだ思い描き、想像し、視覚化できる部分です。私たちの理解力は非常に限られており、まだ原始的な水準にありますが、それでも、手の中に原子や電子があるところを想像したり、太陽からやって来る光子を思い描いたりすることはできます。それは私たちの理解の及ぶ範囲ですが、それでも無限のほんのごくごくわずかな一部分にすぎません。

彼女の研究は光子に焦点を当てています。それは美しい科学ですが、それでも、ある意味ではカタツムリ程度の科学水準にすぎません。光子とは本当は何なのかを観察し、感じ取り、理解しようとするだけでも、非常に困難で、高度なテクノロジーが必要です。それは、人間である私たちが月の本質を理解しようとするのに似ています。

私たちの祖先は、夜空の星を眺めながら、それらはある神によってただ美しさのために置かれたものだと考えていました。確かに美しいものですが、私たちは、星を空に置いたのは神じゃないことを知っています。同じように、原子の中に電子や中性子や粒子を配置したのも神ではありません。

私たちは今、科学の歴史における転換点を迎えつつあります。光子は物質であり振動でもあります。原子について、私たちは非常に原始的な脳でペタンクの球のようにイメージします。でも、無限に小さな領域に向かって深く探究すればするほど、そこに球は存在しないことがわかります。ペタンクをプレーするにはとても都合が悪いですね。そこにボールはないのです。突き詰めてゆくと、振動だということが分かります。すべては振動なのです。私たちも振動です。私たちは自分が物質であるという幻想を抱いていますが、私たちは物質であり、振動でもあるのです。物質が振動より優位でもなければ、振動が物質より優位というわけでもありません。普通の脳にとっては、それは非常に理解しにくいことです。

私たちは他人の体に手を通り抜けさせることはできません。しかし粒子は、今この瞬間にもあなたの体を通り抜けているのです。普通の脳を持つ普通の人々は「ありえない!」と言うでしょう。しかし今この瞬間にも、粒子たちはあなたや地球を貫通しているのです……ただ、私たちにはそれを見ることができないだけです。

あなたが太陽を見ている時、あなたは太陽そのものを見ているのではありません……あなたが見ているのは、8分または7分前に太陽を出発した光子です。「そこに星々が見える」と言うとき、実はそれらは、1時間前、2時間前の星の姿なのです。なぜなら、光はゆっくりと進むからです。

原始的な人間にとっては、光は非常に速く進むものと捉えられます。そして光子もまたペタンクのボールのように想像されがちですが、実際はボールのようなものでは全くなく、それらも振動なのです。

あなたは一体何者でしょうか?振動です! 愛とは何でしょう? 振動です! ですから、このシンボルを用いればすべてを説明できるのです。それは無限のシンボルでしょうか? それは愛のシンボルです! 無限小、無限大、時間の無限性……すべては愛です。ですから、あなたがエロヒムに「愛しています」と伝える時、それはどういうことなのでしょうか? 振動です! 愛はつねに振動であり……マスターベーションの時だけにあるのではありません。私たちが行ったこの瞑想が大好きです。思考もまた振動です。あなたの人生のすべては振動で成り立っています。そしてエロヒムのおかげで、私たちはさらに一歩前進することができます。

私の祖母や、そのまた祖母の時代の科学と比べると、現代の科学は驚くべきもののように見えます……しかし、それはカタツムリの歩みに等しいものです。もしあなたの祖母が現代のあなたの生活を見たら、どのような反応を示すか想像してみてください。過去にタイムスリップし、十代の頃のあなたの祖母に会ったとします。すると祖母はこう尋ねるのです。「あなたが最も頻繁に行う動作は何?」(マイトレーヤは携帯電話を持つジェスチャーをする)「それはどういう意味なの?」

それはアマゾンの奥地で、まだ文明に触れたことのない人々と出会うのと同じです。そこであなたはこうするのです……(マイトレーヤは携帯電話を持つジェスチャーをする)手のひらから未来を読み取るという幻想(手相)の源は、恐らくそこにあるのかもしれませんね。でもあなたは携帯電話で未来を見るというわけです。

今、皆さんが持っている科学技術は、十代の頃の祖母には到底理解できないものです。携帯電話で地球の反対側にいる人と話すことなど、彼女には想像すらできません。理解するには、あまりにも多くの繋がりが欠けているのです。祖母は現代の世界では途方に暮れてしまうでしょう。電話をかけると、運転手不在の車が到着し、中に入ると運転手はおらず、行きたい場所へ連れて行ってくれる……これが今の現実です!祖母を想像してみてください。「誰が運転しているの?車を引く馬はどこにいるの?」まったく別の次元の話なのです。

さて、未来へ旅立ってみましょう……エロヒムのレベルではありません。なぜなら、それは不可能だからです。地球上で最も優れた科学者たちでさえ、エロヒムの水準を想像することは不可能です。でも、私たちのレベルを踏まえ、20年後の未来を少し考えてみましょう。世界はどのような姿になっているでしょうか? 量子科学における現在の研究は、原始的に見えるでしょう。現存する最先端のマシーンは、私たちにとって馬車のように見えるかもしれません。想像してみてください……今から20年後の世界を想像することは、非常に難しいことです。

では、エロヒムの2万5千年にわたる技術的進歩についてはどうでしょう? あぁ!それはまったく別次元の話になります。私たちがエロヒムのメッセージについて語る時、人々の脳は「エロヒムがやって来て、DNAや化学反応、物理学を用いて地球に生命を創造した」という、私たちの言葉を理解することはできます。人々はこのことを思い描くことはできます。しかし、このメッセージが素晴らしいのは、私たちをエロヒムの科学レベルへと……彼らの科学へと導いてくれる点にあります。地球上の誰も、その10%や1%すらも理解することはできません。

彼らは何と言っていますか? 「我々は惑星や太陽系さえも移動させることができる」と言っていますね。「彼らはDNAを用いて地球上に生命を創造した」とあなたが言えば、人々はそれを想像することはできます。しかし「惑星や太陽系さえも移動させることができる」と言うと、理解できなくなります。そして人々は「あなたは精神病院に行く必要がある」と考え始めるのです。彼らには到底想像できないことなのです。

これはエロヒムの科学のほんの一端に過ぎません。しかし、想像力を最大限に働かせれば理解できるようになるでしょう。現代の科学研究のレベルは素晴らしいものですが、それでもなお非常に初歩的な段階にあります。賢明な科学者たちは、科学レベルが高くなれば高くなるほど、謙虚になってゆくことを知っています。トップの天才科学者たちは、普通の人々とは異なります。小物の科学者たちはこう言うのです、「我々はすべてを知っている」と。

フランス科学アカデミーの会長は1890年、若き学生たちに向けてこう述べました……この言葉は実に珠玉です……「科学を学ぶ必要はない。我々はすでに全てを発見したのだ!」フランス科学アカデミーの会長ですよ!1890年という時代に!「発見すべきものは何も残っていない。我々は全てを知っている!」これはミスタービーンよりも滑稽です。しかし真の科学者や一流の科学者たちはこう言います……「研究を重ね、学ぶほどに、我々が何も知らないことを痛感する」と。一流の科学者たちは「我々は何も知らない」と述べるのです。一方、猿のような科学者たちは「我々は全てを知っている!」と主張します。これこそが科学的な思考法……未知なるものに対して開かれた姿勢を持つ、ということです。

この言葉は私のものです。そして永遠に真実であり続けるでしょう……「知るほどに、何も知らないことを私たちは理解するのです」(The more we know, the more we understand we know nothing.)無限です!

彼らはすべてを知っているという錯覚に陥っています……しかし、ただ一つ変わらないものがあります。それは「愛」です。愛について言えば、もしあなたが愛そのものであるならば、全てを知っていることになります。愛に限った話であって、量子物理学やナノテクノロジーについてではありません……愛についてです。愛に関して言えば、エロヒムの惑星における最高の科学者と最も原始的な人間とは、対等なのです。それこそが科学の美しさであり、私が「科学は愛であり、愛は科学である」と述べる所以です。

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ラエル氏が1973年にUFOと遭遇した際、私たちに伝えるようにと彼らが託したメッセージがここに!

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