
皆さん、おはようございます。
エロヒムよ、ありがとうございます。
すべてに感謝します。
私たちをありのままの自分にしてくださり感謝します。
あなた方の愛と思いやりに感謝します。
私たちに道を示してくださることに感謝します。
「在る」ことの意味を示してくださることに感謝します。
平和へと導いてくださることに感謝します。
調和へと向かう道を示してくださることに感謝します。
幸福への道を示してくださることに感謝します。
そして何よりも、私たちを対等な存在として扱ってくださることに感謝します。
エロヒムよ、ありがとうございます。
エロヒムよ、ありがとうございます。
ありがとうございます……。
さて、今朝は、私たちの心の中で最も大切なものについてお話ししたいと思います……『思いやり』についてです。
私たちラエリアンは、普通ではありません。あらゆるものには、普通の基準、普通のあり方があります。しかし、ラエリアンは普通でいることを望みません。皆さんは、もっと良くありたいと思っています。特別でありたいのです。白い羊の群れの中の「黒い羊」でありたいのです。皆さんは、在りたいのです。……いや、在りたいのではありません。すでに皆さんは「在る」のです。なぜなら、ただ在りたいと思っているだけなら、まだ在ってはいないからです。
どんなことにおいても、私たちは普通のレベルに留まることに満足していてはいけません。ラエリアンであるということは、卓越を目指すということです。普通よりも勝(まさ)るのです。なぜなら、私たちにとって「普通」は十分ではないからです。私たちは、並外れた存在でありたいのです。皆さんは、卓越したいのです。自分自身よりも優れた自分になりたいのです。それは他人との競争ではありません。自分自身との競争です。毎日、あらゆる面で、昨日の自分よりも良くなりたいのです。
そしてもちろん、最も大切なのは「愛」です。愛には多くのものが含まれています。しかし、愛の最も美しい表現は「思いやり」です。思いやりとは、ガンジーがそうだったように、苦しんでいる人を支えるということです。
誰かが彼を殺そうとしていた時、彼が真っ先に抱いたのは、自分を殺そうとしている相手への思いやりでした。誰かがあなたを殺そうとしている時、普通なら、怒りや侮辱、憎しみが湧き上がります。それが一般的な人間の反応です。しかし、もしあなたの内側が愛と思いやりで満たされているなら……ガンジーのように、最初に生まれる反応はこうなるのです……。『かわいそうに……なんて哀れなんだ。あなたは、私を殺したという罪を抱えたまま、生きていかなければならないのだから。』『私は死ぬ。それは構わない。しかし、あなたはこの罪悪感とともに生き続けることになる。あなたは、自分がガンジーを殺したことを決して忘れられないだろう。』そしてガンジーは、即座にこう思ったのです。『ああ……なんて可哀想なんだ』と。それは普通の反応ではありません。そこにこそ、皆さんの目指したい姿があります。本当の思いやりとは、苦しんでいる人に向けられる思いやりです。
あなたを殺そうとする人に対してさえ、愛を与えるのです……あなたを侮辱する人に対してでさえです……。
ガザの人々のように、自分とは面識のない人々に思いやりを抱くことは難しくありません。世界中が、ガザの人々に思いやりを寄せています。しかし、本当の思いやりは、イスラエルの人々にも向けられるべきなのです。なぜなら、彼らはこうした罪悪感を抱えたまま、生き続けなければならないからです。今、ますます多くのイスラエル人が、その重みを感じ始めています。イスラエル国内でも、そして世界中でも、ますます多くのユダヤ人が、ガザで起きたことに深い痛みを抱えています……。
これから非常に、非常に、長い間、ユダヤ人、特にイスラエル人は、この悲劇によって苦しみ続けることになるでしょう。今、ますます多くのユダヤ人やイスラエル人が、自分たちの目の前で起きていることを拒絶しています。世界中が、ガザの犠牲者たちに思いやりを示しています。それは容易なことです。しかし、より深く、より長く残る苦しみは、暴力と罪悪感の結果を背負ったまま生き続けなければならない人々にあるのかもしれません。
殺された者よりも、殺した者の方が長く苦しむのです。なぜなら、自らが行ったことの重みを抱えたまま、生き続けなければならないからです。そして、この苦しみは、生涯消えることがないかもしれません……。今では、ますます多くのユダヤ人が、世界を旅することにさえ恐れを抱いています。長い間、ナチスによって迫害を受けたユダヤ人に対し、世界には深い同情が存在していました。ユダヤ人は犠牲者として見られ、人々は彼らに深い思いやりを抱いていたのです。しかし、それは終わりました。もはや存在していません。
今、ユダヤ人たちは、旅することを恥じています。ユダヤ人であることを恥じています。ガザで起きていることのためです。イメージは、「犠牲者」から「犯罪者」へと変わってしまいました。
以前、人々がユダヤ人に会った時、最初の反応は、『ナチスが行ったことは恐ろしい』というものでした。しかし今、世界を旅するユダヤ人に対して、人々はこう言うのです……『なぜあなたたちは、ガザであれほど多くの人々を殺すのか?』もはや、彼らには「犠牲者」というイメージはありません。あるのは「殺人者」というイメージです。そして、それが多くの苦しみを生み出しています。だから私は、私たち全員がユダヤ人に対して思いやりを示してほしいと願っているのです。特にイスラエルの人々に対してです。
イスラエル人は本来、夢を見る人々なのです。私は、イスラエルが建国された時のことを覚えています。人々がイスラエルへ戻り、集団農場を作り、ナチス時代の恐怖の後に新しい人生を築いていく……その美しいイメージを。彼らはキブツを作りました。共同農業を行い、砂漠で野菜を育てました。それは美しい光景でした。
しかし今や、彼らはイスラエル人であることを恥じています。たとえ口にしたくなくてもです。現在、イスラエル人の60%が政府を拒絶しています。彼らは恥辱を感じており、この羞恥心は非常に長い間にわたって残り続けるでしょう。……長い間どころではありません。永遠にです。彼らはもはや、『助けてください。私たちはナチスによって殺されたのです』と言う「犠牲者」ではいられません。今や、彼らは旅をすると、「殺人者」として見られるのです。多くのレストラン、多くの国、多くのホテルが、彼らを拒否しています。そして、それは長く続くでしょう。……長くどころではありません。永遠にです。彼らは、この美しい「犠牲者」のイメージを、地上最悪の犯罪者へと変えてしまったのです。
多くのユダヤ人やイスラエル人は、私たちと同じ人間です。彼らは夢を見る人々です。彼らは、「第三神殿」を築くという美しい夢を持っています。エロヒムを再び迎え入れるための大使館としての第三神殿です。それこそが、ユダヤ人であることの根本的な理由です。本当のユダヤ人は、毎日エロヒムに祈り、ユダヤ思想の美しい価値観を広めようとしています。そして、イスラエルの中にも、また世界中のユダヤ人の中にも、非常に純粋で、愛に満ちた人々がいます。
彼らは、イスラエル政府が世界に与えている「ユダヤ人であること」のイメージのために、深く苦しんでいます。だからこそ、世界がパレスチナの人々に思いやりを示しているように……そしてガンジーが、自分を殺そうとした相手にさえ思いやりを示したように……私は、ラエリアンにもイスラエルの人々に対して思いやりを示してほしいのです。パレスチナ人たちは死の苦しみの中にあり、あるいはすで亡くなっています。しかし、イスラエルの人々は、その結果を抱えたまま生き続けなければならないのです。
私は、ある小説を思い出します。その本が本当に大好きでした。作者は、アドルフ・ヒトラーがブラジルのどこかで生きたまま発見された、という設定を描いていました。そして問いが投げかけられるのです……。『もし彼を生きたまま見つけたなら、どんな罰が正しいのか?』死刑か? ……違うと作者は言います。それでは十分じゃないと。そこで作者は、ヒトラーにこういう刑を与えることを想像します。自由の身のままイスラエルで生きさせ、毎日家を変えながら、人々の家の扉を叩き、こう言わせるのです……。『私はアドルフ・ヒトラーです。泊まる場所と、何か食べるものをいただけますか?』
それは美しい発想でした。誰かを死に処するのではなく、永遠に罪悪感とともに生きるよう罰するのです。生かしたまま、自由の身のまま、その罪を抱えたまま生き続けるように罰するのです。そして今、その罪悪感はイスラエルの人々の上にあります。「犠牲者」が「殺人者」になってしまったのです。ですからどうか、イスラエルの人々にも愛と思いやりを送ってください。彼らは苦しんでいます。まだ自覚していない人もいます。しかし、彼らは苦しんでいるのです。その苦しみは永遠に続くでしょう……。だからこそ、彼らには本当に思いやりが必要なのです。
私が……面白いとは言えませんが……壮観だと思うことがあります……壮観です。ユダヤ人であるということは、エロヒムを迎え入れたいと願うことです。メシアを迎え入れたいと願うことです。それは美しいことです。そして、それは私たちの夢でもあります。ユダヤ教を生み出した書物において、エロヒムはユダヤ人に対して国家や国土を持つことを禁じている、と明確に述べられています。そして、多くの宗教的なユダヤ人は、「イスラエル」という国の存在そのものを拒否しています。彼らは抗議しています。イスラエルでの兵役を拒否しています。
ネトゥレイ・カルタという団体があります。しかし、それだけではありません。本当に宗教的なユダヤ人の多くは、イスラエルに反対しています。イスラエル国家に反対しているのです。主流メディアは、そのことを語りません。本当のユダヤ人にとって、国家、民族国家、国土を持つことは禁じられているのです。
ユダヤ教の最も美しい価値観の一つとして、『汝、殺すなかれ』があります。『殺してはならない』とはっきりと書かれています。それこそが、宗教的なユダヤ人であることの意味なのです。イスラエルで起きていることは、それとはまったく異なります。それは、ユダヤ人であることへの完全な裏切りです。ユダヤ人の使命とは、地球上に愛を広めることです。人類にエロヒムを迎え入れる準備を促すことです。殺すことではありません。他人の土地を奪うことでもありません。
ユダヤ教の深い価値観は、本当に美しいものです。彼らは選ばれた民です。最も才能ある人々であり、エロヒムによって選ばれた存在です。しかし、それは何のためでしょうか? 人類を助けるためです。人類をより良くするために、自らの最良のものを差し出すためです。支配するためではありません。『私はユダヤ人です。私は他国で生きることを受け入れ、その国がより良くなるよう助けます』……それこそが、ユダヤ教の深い哲学なのです。宗教書には明確に書かれています。あなた方は国を持ってはならない……世界中のすべての国々が偉大な進歩を遂げられるよう助けなければならない……と。言い換えれば、人類に奉仕するということです。支配するのではありません。奪うことでもありません。殺すことでもありません。
ですから、本当のユダヤ人たちは……そのような人々は大勢いますが……涙を流しています。イスラエルが、自らの宗教を裏切っている姿を見て、彼らは泣いているのです。ですから私は、すべてのラエリアンに、イスラエル人へ愛と思いやりを送ってほしいと願っています。地球全体は、ガザの人々に対して、再び思いやりを示しています。それは良いことです。しかし、さらに深い思いやりを必要としているのは、イスラエルの犯罪者たちです。
ガンジーを殺した男性が、思いやりを必要としていたのと同じです。彼は、ガンジーを殺したという罪悪感を抱えたまま、一生を生きました。殺した者たちの苦しみについて考えてください。なぜなら、彼らはその苦しみを永遠に背負い続けるからです。
エロヒムよ、愛を示す最も美しい方法である『思いやりの教え』をありがとうございます。
私は、皆さんに美しい永遠を願います。一日ではありません……永遠です。一日では短すぎます。
この人生を楽しんでください! それは、皆さんが地球上で手にしている唯一のものなのですから……。



